ムスタン王国 (2021-11-22)

ヒマラヤ山脈の国、ネパールはわたしたち山好きにとって一度は訪れたい国のひとつだろう。この国は、登山、トレッキングで世界中から多くの人々を魅了してきた。わたしの好きな国のひとつで、何度か訪れたことがある。

はじめてのお客さまとのネパールツアーの時は、カトマンドゥ初日の宿すら決めず、現地に着いてから宿を探した。それもバックパッカー向けのかなりの安宿。ガイドとともに乗り合いバスでアンナプルナ山群の美しい町ポカラへ向かうときは、ガイドが寝坊して血相をかえて、発車したバスに飛び乗ってきた。その乗り合いバスもぎゅうぎゅう詰めの一日。思い返しても笑ってしまうような光景だった。
大まかな計画はあったが、細かいことは現地へ行ってから。手配、手配、手配のいまのツアー旅行からは考えられない、そんなおおらかなツアーが何とか成立したのだから、みんな若かったし、良い時代だったのだろう。

何度目かのネパールでは、ムスタン王国へトレッキングに出かけた。ムスタンは、チベットとの国境に位置するネパール領内の自治権の認められた王国だった。いまはネパール政府に統合され、王国ではなくなったようだ。当時、ムスタンへは外国人の立ち入りは厳しく規制され、リエゾンオフィサーと呼ばれるネパール政府の役人が同行しなければならなかった。住民はチベット民族だ。

荒涼とした風景の中を歩くのが何日か続き、ムスタンの王族の都ローマンタンに着いたときは、しばらくぶりだったのか遠方からの旅行者は歓迎された。ローマンタンは都とはいっても、王族を中心とした小さなコミュニティに過ぎなかった。
この時は、頭上に空さえ広がっていればどこでも繋がる衛星電話を所持していて、その電話はどこへ行っても村びとの羨望の的となった。王族は遠く離れて暮らすカトマンドゥの家族と話をすることができて喜んだ。おかげで、最上級のもてなしを受けた。きっと、彼らにとってはそれは夢のような出来事だったのかもしれない。

ネパールでのトレッキングは、ガイド、ポーター、コックとともに歩く。彼らの多くは、シェルパ族、グルン族、タマン族などの山岳民族だ。ムスタンのように、場所によってはカトマンドゥから政府の役人が同行することもある。氷雪を抱いたヒマラヤの高峰を眺めながら歩くのは格別だが、楽しいことばかりではない。高山病に苦しみ、寒さや水、食事など日々の問題に直面する。そのたびに彼らは、わたしたち手のかかる客が元気で少しでも快適に旅ができるよう、親身になって面倒をみる。短い期間だが、彼らとともにトレッキングを続けていると、風景と彼らが重なり、わたしにとってかけがえのない情景となって記憶に残る。

写真は、古いポジフィルムをデジタルデータで。