夏のドロミテその1 (2021-11-12)

午後、ハイキングを終えてホテルに送ってもらうと、ガルディナのベテランガイド、ハンネスがこれから二人でロッククライミングに行かないかと僕を誘う。
午後3時をまわった頃だと思う。僕はよろこんで、急いで仕度をしてハンネスの車に乗り込んだ。ホテルからセラの岩壁の基部まで30分。ポピュラーなルートは、彼らにとっては通いなれたコースなのだろう。彼はⅣ級程度のピッチは、いっさいのプロテクションを取らずにロープを延ばした。この岩の王国に生まれ育った彼らは、ロッククライミングの能力が抜群だ。
誰もいない遅い午後の岩場、僕たちは、はるか高みで日中の暑さを忘れて涼んでいた。

写真は、コルチナダンペッツォのチマグランデ北壁。垂直に断ち切られたこの北壁の初登はんは1933年、アルプス登山史に名を残すドロミテの登山家エミリオ・コミチ、初登を競った混成隊のリーダーとして。数年後、コミチは今度は誰にもじゃまされずに、単独登はんした。当時のアルプスにおける最も困難な課題のひとつが、克服されたのだった。

アルプス登山の歴史をたどるこのルート、僕が登った時には一本のボルトもなかった。岩場は、どうしてもボルトなどの残置物が増えてくるものだが、できるだけそれをしない精神はアルプス登山に根付くものだ。そのようなルートは、色あせることなくいつまでも輝き続けるのだろう。
                    
2003年7月14日午前7:30北壁取り付き午後2:30山頂。